鞄の中身 かばん の なかみ : 出かける時は、どうも手ぶらじゃダメ…そんな私の鞄には…?

貴婦人

OM-4Ti...突如“彼女”が登場したのは、今からちょうど20年前のこと。
当然インターネットなどなく、経済新聞を読む習慣などもなかった(今もですが)私には、新型カメラが出る情報なんて、事前に得る術も知恵もありませんでした。
そういう社会だからこそ、カメラや写真の愛好家でも、今日ほど多くの人が新型カメラの予想や情報について、一喜一憂することがなかったのも尤もなことです。
この2年前にはMacintoshが誕生し、日本では不自由なワードプロセッシングが定着し始めていましたが、そもそも私はコンピューターなるモノに全く興味がありませんでした。
食わず嫌いだったともいえるでしょうが、こう嘯いて済ますことがまだ出来る時代でもありました。



毎月19日は各カメラ雑誌が店頭に並びます(発売日は20日ですが)。
当時の私にとって最も待ち遠しいことの1つでした。
2種を購読(=『日本カメラ』と『CAPA』。以外の他誌は必要に応じて購読、通常は綿密に立ち読み)していました。
暇な学生の身分でもあり、発売日から次の号が出るまでの間には、かなりの隅々に及び目を通していたお蔭(?)で、他社のカメラの細かなスペックまで諳んじることが出来るくらいになっていて「現行機については神戸にあるどのカメラ屋の主人よりも詳しい」と自負出来るほどでした。

1986年7月19日、アルバイトの帰りに駆け込んだ書店で、私は思いがけない見出しを眼にします。
「OM-4Ti、フルシンクロフラッシュ」。
いつもは“購入しない方”の『アサヒカメラ』に手を伸ばし立ち読みを始め、すぐに気を取り直しました。
どうやらただのチタン外装ではないようです。
途端にその月は特別となりました。
全誌をカウンターへ...その頃の「雑誌に2,000円以上」はとても辛かったのですが。

果してOM-4Tiは、当時流行し出したチタンをOM-4の外装に取入れ、内部をブラッシュアップした準新機種でした。
チタン外装と並ぶウリとなった「シャッター全速同調フルシンクロフラッシュ」についての理解は意外にすんなりと出来たように記憶します。
理系的頭脳が欠落している私を納得させたのは「蛍光灯の原理みたいなもの」という記述でした。
蛍光灯嫌いの話はしましたが、嫌いな理由のもう一つにチカチカ点滅するということがあります。
古くなったのがそうなるのはもちろんですが、私の場合、気が立っている時には、新しいのでも点滅を感じるようです。
蛍光灯とはボーッと灯っているのではなく、眼では認識できないチカチカを繰り返しているのだというのは、感覚から漠然と分っていたのです。
フルシンクロフラッシュの発光は、つまり蛍光灯のチカチカ一回分だと考えればいい訳です。

露出を制するには、最高の機能を有しているOM-4でしたが、唯一残る欠点がシャッターの幕速だといわれていました。
幕速は即フラッシュの同調速に関わります。
しかし、フラッシュをあまり使わない人間にはほとんどどうでもいいことであり、むしろ、シャッターの耐久性やその静粛性を犠牲にしてまで手に入れたいものではありません。
程度の差こそあれ、ない物ねだりをし、結果としてみんな揃った、どこも横並びのモノを濫造させてしまうという愚かな消費者と製造側の関係は、今も昔も余り変わりませが、OLYMPUSはボディの高さが少しでも高くなる可能性のある縦走りシャッターには背を向け、また耐久性と静粛性を大事にして、OMには頑なに横走シャッターを採用し続けていました。
その姿勢を保ちつつ、なお幕速の問題を緩和させるのがフルシンクロフラッシュでした。
幕速を上げるのではなく、フラッシュの閃光時間を長くすればいいという逆転の発想。
そして全速のシャッターにフラッシュが同調するという他社がなし得なかった世界に踏み入った訳です。
問題を正攻法ではなく、全く違ったやり方から解決しようとする(譬えそれが擬似的でしかないにしても)というOLYMPUSの姿勢の面目躍如たるところでしょうか。
フラッシュ嫌いな私ですが、とても魅力を感じました。
考えてみれば、今のE-330も似たところがありますね。
独り孤高に澄ましているようでカッコイイのですが、よくよく内実を見て考えれば泥臭い...人によっては問題の論点を強引に変えられたという感を抱く部分がなきにしもあらずでしょうが、不可能を可能にしようとする分りやすい姿勢は、我々ファンの心を擽るところではないかと思います。
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E-330/ ZD50mm 1:2.0



さて、OM-4Tiの発売日は、発表(写真雑誌に載った)の僅か10日後となっていました。
たいていOLYMPUSの新機種は秋だったのですが、恐らく前倒しに発表したということでしょう。
フルシンクロフラッシュを実現させる新フラッシュF-280は、新機軸のフラッシュシステムを謳うには些か中途半端なスペックでした。
今までのOM-Systemとは顕かに違うデザインであり、それを象徴するような、発光部下の大きく目立つ真っ赤なパネル。
既存のOM一眼レフには何の用もなさない赤外補助光用のパネルだったのです。
案の定、「OM707という屈指の屑カメラでありOLYMPUS没落の始まり」が発表されたのは、それから程ない頃でした。

アルバイトの給料(もともと他に使途があったのですが)を得た私は、発売当日にOM-4Tiを買いにカメラ店に走りました(F280は少し遅れて発売になったと記憶します)。
完全な新機種とは少し違うので、OM-4の時のように3ヶ月の様子を見る必要はなかろうと判断してのことです。
クローム梨地のボディからは賢い女といったイメージを喚起されます。
OM-4Tiの少しシャンパンゴールドがかかったボディは、さしずめその中でも貴婦人を連想させるものでした。
既に脂が乗り切った感のあるOM-4にこのOM-4Tiが加わったことにより、貧乏学生としては盤石といえるカメラシステムが出来あがったと満足したことを覚えています。
そして、ボディ2台(OM-4とOM-4Ti)を持つ余裕がある時には、それぞれに28mmと85mmを付けるという2ボディ2レンズの体制もほぼこの頃に整ったようにも思います。
OM-4とOM-4Tiの差は、フラッシュを使わないユーザーには事実上同じで、敢えて改良点を挙げると、電源をONにする際、クリア側にレバーを倒しても可能となった(以前はMEMO側のみ)点くらいのものでした。

使用し始めてほどなく、チタンという堅牢なイメージに反して、OM-4Tiの梨地そのものは意外に剥げやすいことに気付きました。
クロームボディ(金属の)は本来、よほど強い摩擦がない限り地肌が見えることはないのですが、OM-4Tiは気が付いたらよく小さな傷が付いていて、やがて真鍮ではない黒っぽい色が顔を出すのです。
「これがチタンの色か!」当初ちょっとした感慨を覚えたものの、見てあまり綺麗な状態だとは思えず、やはりこれならブラックの方がいいと感じるようになったのも事実です(チタンという金属自体はとりわけ堅固なものではなく、むしろ軽く薄くできるという特性に優れているという事実を、私は初代PowerBookG4によってずっと後に知ることになります)。
ご覧の通り、かなり“貫禄が付いて”しまいました。

このOM-4Tiがブラッシュアップされ、ボディカラーをブラックとしたOM-4Ti BLACK(先週ご紹介しました)が発売になったのは、これから実に3年後のことであり、既に“OMの面汚し”OM707は影もカタチもなくなってしまっておりました。
by yy2828yy | 2006-11-26 22:49 | OLYMPUS | Comments(0)