鞄の中身 かばん の なかみ : 出かける時は、どうも手ぶらじゃダメ…そんな私の鞄には…?

使い処

一般的な晴天昼間に使うには、開放値F1.4のレンズは明るすぎるといえましょう。
いや、もちろん、低感度のフィルムを選択したり、1/8000以上のシャッター速度を持つカメラを使うことで、開放絞りでも活用の可能性は間違いなく増すでしょう。
尤も、100以下の感度のフィルムが殆どなくなった今となっては、最早高速シャッターを使う方法しかないともいえるのですが...。
ただ、仮令今後低感度フィルムの復活(撮像素子の低感度対応)があろうとも、はたまた最高速1/32000のシャッター機構を有するカメラが登場しようとも、晴天日の昼間にF1.4やF2級のレンズを絞り開放で使うこと自体、そもそもが適当ではないと私は思っております。
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CONTAX RTS II/ T* Planar 85mm 1:1.4
開放 Auto -1EV FUJICOLOR100 記録用

何故なら、われわれの周りの明暗の多くは飽くまでも太陽光によってもたらされる光の多寡であり、露光する際のフィルム感度やシャッター速度などとは本来無関係だからです。
一方でわれわれの眼は、昔も今も(そしておそらくこれから当分の間も)ほぼ一定である太陽からの光の加減に対し、相応に反応してきました。
即ち、晴天の昼間の明るさに眩しく感じて眼を窄め、逆に日没時の薄暗がりでは眼を見開いてじっと見据えるといった具合です。
写真とは、まさしくこれを擬うように産み出された機材によって成立するものにほかなりません。
ところが、実際にはこの世に静止したものなどないという点において、写真とは生まれた時からヒトの眼を超えたメディアだともいえるわけです。
最早、一気に人智を超えてしまったともいえる現在のデジタルカメラによるイメージを引き合いに出すまでもなく、このことは「一瞬を捉える」という1つの特質において、とりわけ写真史の早い時点から認められてきたことでもあります。
ただ、仮令写真がヒトの眼を超えようとも、「高速シャッターによる一瞬」や「高感度で見えない暗部までアカラサマにする」などは、私には撮る本質的な動機にはさほど関わってこない特殊ゴトに過ぎません。
即ち、ふと見遣り、感じた何かによって「ここにいること」を知覚した時こそが私の撮る時といいましょうか。
定着したいのは、日常生活で自身の眼が捉えたが如き光と影であり、感じたが如き明暗であります。
もとより自身の分身たる機材に対して、徒らに高速シャッターや超高感度を求めても仕方がない...実のところ、改めてこんなことを書くのは、ほかならぬ<Planar 85mm F1.4>を手にしてしみじみ感じ入ったからです。
如何にこのレンズの魅力を訴えたところで、所詮「使い処」あってのことで「開放絞り」による蕩けるような描写を白昼の下で望むなんて無駄で野暮なんだと。
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CONTAX RTS II/ T* Planar 85mm 1:1.4
開放 1/30 FUJICOLOR100 記録用
Commented by harada at 2018-06-15 23:19 x
こんばんは。
 白鶴のシンボルマークはかっこいいですね。しかし灘のお酒をピックアップされるのは御本意ではなかったでしょう。
 眼がやられそうな、暴力的な陽射しにおいてサングラスを用いるように、、、
 私はNDフィルターというのは持っておりませんが、かのフィルターを幾十かを筒先に被せれば、
 ハイスピードレンズさえ、昼間の開眼を余儀なくされるのではないのでは?と想像するのですが、どうでしょうか。
Commented by yy2828yy at 2018-06-16 21:28
haradaさん、
晴天の明るさで明るいレンズの絞り開放を使うがためにあれこれするというのが「違う」という話ですからNDフィルターも同じでしょう。
況してやファインダーが暗くなる一眼レフでの使用は全く愉快ではありません。
で、どれだけの高速シャッターまでで「足るを知るか」ですが、やはり1/1000や1/2000でしょうか。
一方で、何処かで「適正露出」というセオリーに囚われているからこそ、眩しさを敢えて「露出オーバー」で表すような冒険はできないのですね。
by yy2828yy | 2018-06-11 23:48 | Film | Comments(2)