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鞄の中身 かばん の なかみ : 出かける時は、どうも手ぶらじゃダメ…そんな私の鞄には…?

長い長いエックス キュウヒャクの話

以前の記事で、ミノルタを使って感じる「中途半端さ」について嘆いたところ、こちらからいただいたコメントの中に、ハッとするお話がありました。
それは、当時の<X-700>上位機種に関するもので、今となっては単なるユーザーの願望に過ぎなかったとされてしまう類の話でしょう。
ただ、旧いカメラを愛する者としては決して無駄で無用の話ではないと思います。
かつて「夢のカメラ」について云々していたのを単に「なかったこと」とするようでは、あまりにも哀しいではないですか。
今後新たに開発されることはなく、しかも新製品でもない中古カメラにほぼ全てを頼るしかないフィルムでの撮影だからこそ、「いうてもしゃあないこと」「しょうもないはなし」でも程々に嗜み、「不完全な夢たる現実」として残されたカメラたちになるべく多く触れてみる...それがわれわれにできることなんだと私は考えるのです。
表題のとおり、しばしのお付き合いお願い、口上とさせていただきました。
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さて、件のミノルタが計画していたというプロ・ハイアマ向け一眼レフは<X-900>(=<X-700>の上位機種)とも、<X-9>(=全く別の単一機種)ともいわれ、当然ながらSRマウントを継承する機種のことです。
35mm判一眼レフ全盛の当時にあって、5大メーカーの一つたるミノルタの製品ラインアップは確かに他社と較べて見劣りするのを私も感じておりました。
況してや当時の根っからのユーザーの想いたるや...察するに難くありません。
かくなる現状とユーザーの期待が、結果として噂の「信憑性を高めた」かも知れませんね。

しかし、歴史を振り返れば...ミノルタはSRマウントでの新規開発を打ち切り、1985年に新たなαマウントでのAF一眼レフシステムを発表した事実はみなさんご存知のとおりかと。
新たなαマウントによる初の本格AF一眼レフ<α-7000>の大ヒットはミノルタの起死回生などとも賞されたものです。
一方で「SRマウントでは中途半端なことしかできないからαマウントに移行した」とのイメージが一定根付いたのも確かでしょう。
以前にも述べたように、総てのメーカーがNikonに習いマウントを不変とすべきだとは私は思いません。
出し惜しみなしの「有終の美」というべく、ある意味「刀折れ矢尽きる」感じが通じれば、相応に納得はされるはずだと。
ところが、<OM-4>や<F3>、<FE2>、または<LX>などと競合するようなカメラを持たぬままαに移行してしまったミノルタの姿勢は、「マウント決定こそ一生モンのカメラを買う際の最初にして最大の課題」だった当時ではとても受け入れにくい人も多かったに違いありません。
それでも、こんな声を消し去るほどの<α-7000>大ヒットに相次ぐように、ミノルタは僅か半年後に上位機種<α-9000>を投入したのでした。
ただ個人的には、プロ用をも謳ったこのカメラが実際にどれだけ成功したか、甚だ疑問を抱かずにはいられません。
否、αの快進撃を実際にはむしろ減速させた印象すら持っているのです。
それほど両者は異なったカメラでした。
プロを意識したとはいえ、一つのシステム上に展開する二機種である限りは、両者の差異を「コンセプトの違い」などという言葉で片付けることはできそうになかったのです。
<α-9000>登場の翌年から他社からのAF一眼レフがようやく出揃ってくるのですが、それでもまだ1年余りも後のこと。
逼迫するには些か早過ぎるし、満を持して投入するはずのプロ用としても<α-7000>から半年という登場時期には疑問が残ります。
これらを鑑みて、敢えて私は「ミノルタお得意の中途半端さ」が表れていると断じざるを得ません。

そもそも「何故SRマウントから替えなければならなかったか?」への返答は、飽くまでも「一眼レフAF時代を見据えたから」でなければなりません。
つまりAFとは一眼レフカメラ全自動化の過程で「最後の壁」だったからです。
事実、<α-7000>以前にAF以外はほぼ全自動化されたワインダー内蔵機は既に珍しくなかったけれど、何れもとりわけ注目を浴びることはありませんでした。
そんなカメラを経由することなく、ミノルタはマウントを替えて一気に一眼レフ全自動化を果たした<α-7000>を発したことになります。
結果、その有様に対する個々の好き嫌いはさて措き、多くの人々は<α-7000>にこそ新しい時代を見たはずです。
これに比して、僅か半年後にプロ用を謳って登場した上級機<α-9000>はどうだったかはいうまでもないでしょう。
上級者仕様として巻戻しクランクを残したのはともかくも、巻上げレバーが付いたAF一眼レフなんて、カメラ史上後にも先にもまさにこれっきりでした。
無論、ここでいう「これっきり」は褒め言葉ではありません。
実際、以前に私が使用時にまごついた笑えない話は、このカメラの産み主のまさに中途半端な姿勢を示してもいると思うのです。

要するに、プロを含めた上級者向けを謳いながら(謳うが故に)「全自動にはまだ否定的なユーザーにも配慮」という及び腰が看て取れるのです。
当時考え得る機能の「ほぼ総て入り」の中で、<OM-4>を思わせるスポット測光とハイライト及びシャドーコントロールという露出制御方式を盛り込んだ一方で、より瞬時に対応できるはずの多分割評価測光が搭載されなかったのもその表れでしょう。
斯様な「自信のなさ」は<α-7000>で一部不評だった「ピントが合わないとシャッターが切れない」に「ピントが合わなくてもシャッターは切れる」仕様を追加し選択できるようにしたのではなく、置き換えてしまったところにも見受けられます。
「AFは未熟だから」としたところで、「MINOLTA AF LENS」と銘打たれたレンズでは、ピントリングがOMの絞りリングと同様の幅と位置という仕様であり、マニュアルでの焦点合せでこれを積極的に選ぶ人などまずいないでしょう。
それでもαシステムは「AFありき」の新マウントでスタートしたのですから。

中途半端さは実に“高級感のない”その風情にとどめをさします。
プロまでターゲットにしながら、なんとトップカバーがプラスティックなのです。
発表会か、カメラショーのブースだったかで、このことを指摘した私に「金属採用は飽くまでも感覚的な要素に過ぎず、プラスティックの方が強いケースも多いんですよ」と答えるスタッフの傍らで、別のスタッフが初老紳士を相手に「モータードライブ装着の際の強度を考えて底カバーは金属にしてあります!」なんて...。
ま、天下のNikonも初のプラスティック“F”たる<F4>を数年後に発表しましたから、これはミノルタだけの無様ともいえず、ある意味迷走していた時代のせいだと捉えるべきかも知れませんが、それなら善かれと思って残したはずの巻上げレバーのチープさに悲哀以外の何を見ればいいのでしょうか...
最新鋭の全自動になり得るのに、わざわざ旧来の形態に拘ったこと自体は立派かも知れません。
当時の機能をほぼ網羅し、従来のユーザーに対応しようとした心意気もすごいと想います。
でも、だからこそ私は尋ねたいのです。
「そこまでして拵えたかったのは、こんなチャチなプラスティックの寄せ集めか?」

...と、ここまでで勘のいい方ならもうお分りでしょうね。
そう、このカメラはαシステムの高級機というよりも、まさにSR時代の残り火。
しかも<X-1>はおろか<XD>でもなく、実用機<X-700>の系列にあるべき匂いがプンプンしているということです。
このことを自分なりに確信したのは、<X-500>の巻上げレバーを見た時でした。
もし同系列でも<X-700>なら、どちらかといえば<XD>や<X-7>に近いレバーの形状と構造だった(要するに高級感は上)ため、もっと気付きにくかったかも知れません。
単なるレバーの形状とはいえ、噂の裏付けとなる重要な手掛かりの一つとはならないかと想い付いたのです。

徐に4年近くも放置したままの<α-9000>を机の下から引っ張り出してみると...何とも良く似た案配ではないですか。
4年ぶりの<α-9000>には、(お恥ずかしながら)電池室に錆が出ていたりしたため、作動させるのに些か手間はかかりましたが、改めて両者を並べて巻上げ→レリーズを繰り返すと...横走り<X-500>と縦走り<α-9000>の差こそあれ、確かに似通ったモノが認められたのでした。
なお、巻上げレバーはチープながらも、ミノルタの一眼レフは縦走りでも横走りでもしばらく実現されていなかったシャッター「小刻み(分割)巻上げ」が可能になったことは個人的には特筆に値することだと思います。

かくして、個人的には、
・<X-700>の後<X-500>と<X-600>を経て、1983年頃には<X-900>の姿がほぼ煮詰まっていた。
・しかし、同時進行の<α-7000>へ開発力が一気にシフト。
・αシステムへの移行とSRシステムの発展中止を決定、自ずと<X-900>も没企画に。
・1984年<α-7000>登場。
・即座の大ヒットに、棚上げとなっていた<X-900>をαマウント化することに。
・1/4000シャッターなど当時のめぼしい機能をほぼ「総て入り」とし、半年後に投入。
という経緯だったとする考えに至りました。

さてここで、これまで述べてきた<α-9000>の中途半端さはいったん忘れ、改めて<X-900>として見てみると...驚いたことに、<XD>以降のSRマウント一眼レフに対して、私が不足を述べたほぼ総てが改善されたり、備わったりしていることに気付きます。
ザッと羅列してみると、
・高速シャッターの実装
・縦走りシャッター採用ながらの小刻み(分割)巻上げの実現
・レリーズタイムラグの縮小
・露出補正が可能になり、また補正時に警告表示がなされるように
・フォーカシングスクリーンがユーザーサイドで簡便に交換可
・視度補正機構の内蔵
...となるわけですが、最早こうなれば、実際に使って納得するしかないでしょう。
といって、如何に描写性能が良好だとはいえ、付きっきりの<AF35-70mm F4>で4年前と同じようにジーコジーコやる気にはなりません。
なんせ<X-900>なんだから、なるべくマニュアルで使うためにもせめて標準レンズ1本は欲しいところ...当然、<50mmF1.4>がターゲットの第一候補かと。
2〜3千円もあれば済むだろうと某オークションで探し始めたところ...いや、意外に高値でやり取りされているんですね。
まぁ、レンズとボディのジョイント部という点では、αマウントは今なお存続しているわけですから、この時代のレンズ活用を考える人も少なくないのでしょう。
少しランクを下げるつもりでF1.7の方を探ってみましたが、こっちも結構人気があるようで、なかなか納得いくモノには出会しませんでした。

ここでアッサリ諦めた方が良かったのか、悪かったのか。
実は、久しぶりに引っ張り出したボディにちょっとしたトラブルが生じたため、早速手直しをして無事に済んだのですが、私としては相応に不安が残っていたところでもありました。
「わざわざレンズを入手したはいいけど、途中でまたトラブルなんて鬱陶しいなぁ」
まさに「タヌキ」やら「チキン」を地でいくアホぶりですが、アッという間にそっちへ傾いて行く自分が抑えられなかったのはいうまでもありません。
イソイソと目先を変えてボディの方から探すと...「標準レンズならボディにくっついた出物もあろう」との目論見はヒット。
「ジャンクボディ+50mmF1.4レンズ1本付」というのに適当な額で入札、待つこと数日...呆気なく落札していました。
こればかりか、冷やかしで同時に入札していたもう一件「ボディ+Zoom28-85mm」も、なんと「缶ジュース1本相当額」で終了したのであります。
その後、実際に目の当たりにしたボディ2台はいずれもちゃんと作動、それぞれダイヤル部パネル隅にお決まりの液晶漏れは認めらたものの、ともに他はほとんど無傷、肝心のレンズ双方も全く問題ないモノでした。

ふとした思い付きから僅か数日で「<X-900>長者」になってしまったかのような私−−しかも、総出費は「特上鰻丼」程度でしたから−−なんだか申し訳ない気がしているわけです。
しかし一方で「これが今のカメラとの付き合い方なのだ」という諦念も噛み締めています。
<X-900>だなんて、如何に自身にそういい聞かせ、つもりになったとしても、所詮はαマウントのカメラである事実が変わるはずはなく、既にSRマウント用の<MD ROKKOR50mmF1.4>という標準レンズを所持していながら、なお新たに標準レンズを探さなければならなかったことこそが現実なのです。
ただこの反面、四半世紀前には現実的ではなかったことが、少なくとも曲がりなりにもできるというのも紛うことなき現実ともいえます。
即ち、みんなが大事な一生モンのつもりで買うからこそ、メーカーがマウントを替えることによる非互換を怒るユーザーも大勢いた、と。
ところが、そんな因果も今は昔...結局はそこまで大事にされなかったからこその中古カメラの現状を自身が如何に受け止めるかの問題です。
如何に入手し易いとはいえ、未だにカメラを大事に思い続けている者にとって、それらが二束三文に扱われるという現状は、決して居心地がいいとはいえないまでも、ジレンマの中で一喜一憂を繰り返していくんだと思います。
それでも確かにいえるのは、今後細々とでも如何に長くフィルムが継続していくかを考えれば、今回のようなことは度が過ぎているというしかないでしょう。

昔のカメラについて話すことの意味を私は冒頭で述べました。
基い、仮令与太話であっても、はたまた大きく脱線することがあっても、なるべくカメラに対する自身の想いや夢を話題にしよう、というのが拙blogの現目的です。
今回のように、過去のカメラに無粋にも文句を書き並べた格好になったとしても、自身としてはそこに些かでも敬愛を鏤めているつもりなのですが...。
今後数日でも某オークションへの冷やかしが微増、<α-9000>の落札価格も僅かに高騰..そんな妄想をしつつ、今回の長い長い話を措くことといたします。
なお、実写を通じての使用感などのご報告は、早晩「続・長い長い話」として改めてエントリーするつもりです(!?)ので、また懲りずご覧ください。
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Commented by dasiko-hampen at 2016-03-13 22:17 x
こんばんは。
力の入ったエントリー、αー9000≒X-900説興味深く拝読いたしました。
アサヒカメラの診断室のなかで、ミノルタは7000と9000同時に企画・開発をスタートした、とあります。
だいたい1981年頃のことで、戦略的に発売時期をずらしたとのこと。
しかし既に開発の進んでいたXー900をαー9000のベースにした、と考えた方が腑に落るようですね。
本当の意味でのプロ機はαー9ということになるのでしょうか。
ちなみにαー7000のときの診断室では、いずれ熟成されたMDマウント機が登場する、とみていたようです。
αシリーズでの儲けでもってαー9000のMDマウントバージョンMF機とか限定で出してくれていたら…。

当時、近所のお兄さんが冬のボーナスで買ったと言って、発売間も無いαー9000を触らせてくれました。
これからのカメラはこうなっていくのかと、そのオーラに圧倒されたことを懐かしく思い出しました。
Commented by yy2828yy at 2016-03-14 05:48
dasiko-hampenさん、
ありがとうございました。
レンズを見ても分りますが、minoltaとCanonはプラスティックを取り入れるのが早かったように思います。
ここでも書いたように、もちろんだから弱いということは一概にいえないのでしょうが、長年経った今、その差は一定出ていると思います。
私にとっての中途半端な感じというのは、多くはこれに起因しているのでしょう。
とまれ、AFに関しては他社にリードすること凡そ2年。
これはとんでもないことだと思うし、その後ハネウェルの件がなければ...というのは誰しも思うことでしょうね。
Commented by M2_pict at 2016-03-20 09:33
α9000≒X900、俄かミノルタユーザーとしても、その変遷の一部を眺めていた世代の者としても納得のいくお話です。
実は(その中身の出自はさて置き)α9000は当時気になるカメラのひとつでした。
α7000を凄いと思いつつモノとしては惹かれなかったのですが、α9000のちょっと先祖返りして上級感を漂わせる雰囲気(?)は、このシリーズ唯一「好き」なものでした。
とは言えカタログや雑誌を眺めた上での事でしかなく、今回初めて「縦釣り用ストラップホール」がある事を知った事でも、その浅さは知れようかと(笑)

私は「我慢」しましたが、入札に動いた方もいくばくかおられるかと想像し、ちょっと楽しくなりました(^^
Commented by yy2828yy at 2016-03-21 07:44
M2さん、
いやぁ、おつかれさまでした。
お付き合いいただき、お礼申し上げます。
そう、実はいろんなことの中で、このストラップ用金具の位置が最もありがたいことです。
ただ敢えていえば、LXと同じで、グリップ(右手)側での縦吊ができないんですよね。
まぁ、多少人気が出たとしても、やっぱりこれら以降は「クラシックカメラ」にはなれないんでしょう…
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by yy2828yy | 2016-03-13 20:36 | Film | Comments(4)