鞄の中身 かばん の なかみ : 出かける時は、どうも手ぶらじゃダメ…そんな私の鞄には…?

あの“年代”のこと...

こんなことを目の当たりにすれば、さすがに偶然を決め込むことなどできやしません。
そして、多少世知辛くなったとしても、まだまだ人の世も棄てたものではないという気にさせていただきました。
どうも一人で感慨に耽っているようでもあるけれど、とにかく、この場をお借りしてお礼を申し上げます。
ただ、いみじくも「世代」ということばをお使いですが、私の感覚としては「年代」でしょうか。
もちろん、その年代をいろんな世代が通り過ぎるわけですが...。
というわけで、今回は行きがかり上、改めてそんな年代のことを振り返ってみることにいたします。
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思い返すは凡そ40年も昔のこと。
写真はともかくもカメラには全く興味がなかった当時の私ですが、弟が初めてのカメラを買うというので、父と三人で代々馴染みのカメラ店に行ったのでした。
幾つかの候補を弄っている弟を他所に、父が「今度minoltaがすごいカメラを出す(出した?)ね...」と店長と語り合っていたことを何故か覚えているのです。
もちろん、私にはまだ無関係の会話でしかなかったけれど、数年後に一眼レフに興味を持つようになった折、その噂のカメラこそが他でもない(今は)わが<XD>だったことを知るのであります。

これまでにも触れたように、基本性能そのものはごく普通の一眼レフといえる<XD>最大のウリは、デュアルAEの名の下に絞り優先AE(撮影者が決めた絞りに応じてカメラ側がシャッター速度を設定)とシャッター優先AE(撮影者が決めたシャッター速度に応じてカメラ側が絞り値を設定)の双方を搭載したことだったのはいうまでもありません。
既にminoltaは<X-1>(1973年)<XE>(1974年)で絞り優先式AE機を発売しており、他各社からもOLYMPUS<OM-2>(1975年)、PENTAX<K2>(1976年)、Nikon<Nikomat EL>シリーズ(1973-77年)、Canon<AE-1>(1976年)などと、AE機構搭載機が出そろっておりました。
ところが、各社がこれらの機種に採用したのは、絞り優先かシャッター優先のどちらか一方のみのAEだったこともあり、各方式の長短についての論争が盛んに行われたようです。
こんな中、それまでは絞り優先式AEを基本としてきたminoltaから逸早く発表されたのが<XD>でした。
1977年当時の父の愛機はまだ<Nikomat FTN>で、一般的にもAE一眼レフはまだ広くは行き渡っていない頃だったようですが、冒頭の話からも<XD>が大きな話題になったことは窺えるでしょう。
まさに論争に終止符を打つべく登場だったとの想像はつきます。

なんともバカバカしいというのが正直な個人的感想です。
普通に写真を撮る人なら当り前に分ることであっても、カタログスペック偏重の人が少なくないのは今も昔も同じなのかも知れません。
実際、AEなんてどちらか一方式があれば充分であり、ワザワザ状況に応じて使い分けるなんて面倒を選ぶ人などまずいないのです。
果して、両優先AEは思ったほどに多くに受け入れられた風もなく、<XD>もさほどの成功を収めることができなかったのではないでしょうか。
一方で、両優先AE搭載という謳い文句の蔭に隠れがちであっても、明るさと見易さで定評を確立したアキュートマットスクリーン搭載や、これまでにも述べた良好な操作性とシルキーな操作感など、カメラとしてシッカリと拵えられた<XD>でした。
結局はセンセーショナルな登場の割に、あまりにも真面目で上品に過ぎたのかも知れません。

それでも、そんなminoltaの一番乗りに真っ先に対抗したのは、かのCanonでした。
翌1978年春に“カメラロボット”<A-1>を投入するに至ります。
オーソドックスなカメラの風情をなるべく大事にしたと思しき<XD>に対し、<A-1>はAE化、即ち電子化を前面に押し出したのです。
折しも公開された映画『Star Wars』のイメージを拝借したような大袈裟な宣伝を繰り広げつつ、その際、Canonは両優先AEに加えて、後発ならではの一歩先のアピールも怠りませんでした。
即ち、絞りもシャッター速度もカメラが選ぶ、いわゆるプログラムAEの搭載です。
実際のところ、同等のことは<XD>でもできたのですが、フールプルーフを明確に謳う<A-1>の前では、やはりPR不足の感は否めません。
より全自動に近付いた先進性、つまり未来のイメージとして敢えて「電子カメラ」を前面に打ち出した<A-1>の性格付けは、とりわけ若い層の心を掴みました。
また、ボディをブラックのみとし、秒間5コマ近い巻上げ速度のモータードライブまで用意(<XD>は秒間2コマのワインダーのみ)したこともイメージ戦略的には功を奏したはずです。
私が写真を始めた1980年頃は、まだ両優先、マルチモードAEのカメラとして両者を比較するのが一般的でしたが、販売面では既に勝負あったような思いで傍観していたのを覚えております。
と、得てして品のない方が一般受けし易いのはこの世の習いというオチになりそうなのですが...

...いや、そうでもないと、私はいいたいのです。
その後、minoltaはMINOLTAからkonica MINOLTAを経て、既にわれわれが使うようなカメラの世界からは退いてしまいました。
一方のCanonはというと、未だに私がアンチとしていられるくらいの存在であり続けています。
でも、それぞれがオールドカメラになってしまった<XD>、<A-1>の今、両機に対する評価はどんなものでしょうか。
答は明白だと思います。
だからこそ一つの年代を想うこのたびの邂逅が、偶然としてしまいたいほどの必然のうちに起こったのだと。
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OM-1/ Zuiko40mm 1:2.0
f5.6 1/250 FUJICOLOR100 記録用
Commented by harada at 2016-01-29 00:51 x
こんばんは。
 私もOM-2Nの購入前には、かなり悩みました。もちろん予算の範囲で。
 キャノンに関してはF1は予算外で、AE-1が候補。不思議とA-1は眼中に無かったですね。
 当時、F−1のサブ機という印象が強烈で、あくまで、F-1ありきで存在するイメージでしたから。
 、、すいません、C機を連発してしまいました。
 ペンタックスにはくすぐる物が無く、NIKONならFEとなりますが、「シンプルニコン」と謳われたら興味が削がれます。Konicaやフジはフィルムメーカーでありながら華が無い。四角いトプコンは渋過ぎる。
 あげく、コンタックス139に行きかけ、停まり、ミノルタは?  SRT101は有名ですが、あの型は如何に?センスが合わないなー、と。  最終候補はXDとOM。
 ご指摘のように、ワインダーについて。私はグリップが無い事に控えめ過ぎるなと思い、結果OMに、といいますかOMのワインダーにと言っていいかもしれません。  それと、大場様のイメージに毒されていたというのもありますが、、。
Commented by yy2828yy at 2016-01-29 23:15
haradaさん、
本文でも書いたように「下品さを隠せない」は私がCanonのカメラ全般に感じ取っていることです。
で、このイメージがどうやって確立されたのかは自分でも分らないのですが...
興味がなかったとはいえ、毎年のように父がカメラショーで貰ってくる「カメラレンズ総合カタログ」をパラパラと見る事はありました。
このカタログで「ロゴからカメラのデザインまで、なんとなくイヤやなぁ」と最初に感じたことを覚えているのです。
もっと遡れば、父の友人が持っていた<Canonet>や<Canon FTb>。
なんかギスギスしてイヤ...小学生の頃の感想でした。
これがずっと消えない...否、これを払拭するような製品がCanonにはないということだと思いますね。
by yy2828yy | 2016-01-28 23:14 | Film | Comments(2)