鞄の中身 かばん の なかみ : 出かける時は、どうも手ぶらじゃダメ…そんな私の鞄には…?

閉ざされた動機

サクラに食傷しておられるのが想像に難くないので、ちょっと一休み‥というか、私自身があまり面白くないのですよ。
サクラを撮ることで相応の愉しみや快感を得るのは確かですが、いわば“筆のすさび”だという自覚はあります。
そんな中でも敢えて連日のようにアップしているのは、折角フィルム上に結像した限りはなるべく‥という気持がデジタルで撮る時の比ではないためでしょう。

尤も、私の撮るイメージで定型化しているようなのがサクラだけだとはいえませんね。
「建物の外壁に落ちる影」なんてのはその代表例ともいえそうなもので、自分でも呆れるくらい頻繁に登場します。
しかし、これらにカメラを向ける心持は、サクラに対する時とは明らかに違うわけです。
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PEN-F/ F.Zuiko38mm 1:1.8
f4 1/125 Kodak ProFoto XL100

一般に、建造物はサクラほどに移ろいやすいものではありません。
大きな天災や取り壊しがない限り、数十年程度は不変のようにあることを誰しもが認識している実体です。
だからこそ、われわれは時間や天候による様相の変化をより感じ易いのだと思います。
逆にいうと、この様相とは「一度前に立てば、変化に対する予測をある程度は立てられる」となるはずです。
理想的(自分の好きな影が落ちる)な状態をフィルム上に結像するのが目的なら、その適宜な折に赴いて撮りさえすればほぼ達せられるでしょう。
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PEN-F/ F.Zuiko38mm 1:1.8
f4 1/250 Kodak ProFoto XL100

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PEN-F/ F.Zuiko38mm 1:1.8
f4 1/500 Kodak ProFoto XL100

多くの優れた風景写真が、こういった事前の積み重ねによって成っていることも人は知っています。
そうしない(できない)のが甘さである向きは自覚しつつ、そもそもその意思自体があまりないようで‥。
むしろ私には、必然、偶然を問わず、自分がたまたま通り過ぎる、そこに居合わせるという事実こそが肝要だからです。
記録のためなどではありませんが、もちろん動機はあります。
ハッとして心に何らかの動きがあったことは間違いないのです。
そして「もう少し陽が傾いた方がいい影が落ちるはず‥」だと想像できても、自身が「ここにいること」を実感し、確かめるためにシャッターを切るといえばいいでしょうか。
かくして、その行為によって「その時、そこにいた、自分」の反映がフィルム上に結像するわけです。
結果の如何を問わぬ、自己満足に基づく自己認識のための、飽くまでも閉ざされた方法といえるかもしれません。
果して、このことに如何ほどの意義があるのか、はたまた愉しみがあるかないかは自分でも些か微妙なところではあります。
ところが一方で、サクラを撮っている時の自分は、その時、その場所の範囲内で、理想を探し、結像させるることに確たる愉しみを得ているのは実感できるのです。
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PEN-F/ F.Zuiko38mm 1:1.8
f2.8 1/30 Kodak ProFoto XL100

by yy2828yy | 2012-04-09 19:31 | Film | Comments(0)