鞄の中身 かばん の なかみ : 出かける時は、どうも手ぶらじゃダメ…そんな私の鞄には…?

趣味、極道・・

「カメラではなく写真」との宣言には、ぐうの音も出ず、全くもっての正論だと思うばかりです。勇気ある小気味いい宣言に心から拍手を送りたいと思います。
もっと若い−−写真を撮るようになってしばらくした−−頃にも、「カメラではなく写真」という考えには苛まれました。よく引合いに出された「弘法書く筆を選ばず」ということばには、その裏に真意がある、つまり「畢生の揮毫に及んだ場合は間違いなく筆を選んで臨んだはずだ」と苦しくも切り返したものです。
一眼レフの世界では、まだAFなんて実用化されておらず、AEですらマルチモードの機種は数えるほどしかなかった時代です。
結局、やがて私は「カメラではなく写真」を諦めました。そればかりか、どちらの境地にも達し得ない自身を見切っております。



e0101258_16453100.jpg
E-3/ ZD11-22mm 1:2.8-3.5
F: 22mm 絞り優先AE: 開放 -0.7EV

要するに、私は新旧数多あるカメラに遍く注意を払うことなどできないし、また、これから出るカメラに賭ける新機能の夢もありません。
今あるカメラに注文を付けたり、貶したりするのは、いわゆる変化を伴う進歩について望んでいるのではなく、かつてあった一つの理想に立ち戻って欲しいと願っているだけの、ちっとも前向きではない(よくいえば足を知る?)姿勢に基づいているからです。

私の場合、その理想というのが、ほかならぬ<OM>です。
・一眼レフのハンドカメラであること
・小型軽量で、それなりに作りがよく堅牢で、作動が確実であること
・本体に適う大きさ重さの、明るい単焦点レンズがあること
ざっといえばこんなところでしょうか。これらを備えたこの道具があったからこそ、撮るという行為に快感を見いだすようになったのだといえます。
もとより、自分の手足だけで持ち運ぶのも困難で、三脚を使わないとならないような大型のカメラを道具とする興味はありません。

一方で、私がフィルムとデジタルに、多くの人ほど差を感じない(認めたくない)のは、ファインダーで対象を切り取り、一瞬を封じ込めるという行為そのものに興味の殆どがあるからです。よって、この行為がキチンとできて、その際の感触が損なわれない限り、フィルムでもデジタルでも、またAFであろうが、AEであろうがなどのカメラの自動化に対しても、さほどの抵抗感はないということです。逆に、各オート機能がないならないで、そう困りはしませんが、マニュアルの操作を特に楽しんでいるわけではなく、むしろ楽なら楽でいいとすら思います。ただし、覗いて見るだけのフルオートではなく、視覚と繋がった脚、手、指の操作は感じていたいと。

別に芸術と呼べるようなモノを撮っているつもりもないし、もとよりそれを志向する際に必要な厳しさが備わっているわけではありません。また、とにかく記録しなければならない必要性を感じることなどもありません。
構え、ファインダーを覗き、シャッターを切るだけでカメラが撮ってくれるモノは、概ね私的な溜息みたいなものです。得られた映像とは、何かを見て撮る気になったその際に自身が抱いたイメージとどれだけ離れていないかを確認すれば、フィルムであろうがデジタルデーターであろうが既に用済みだといってもいいでしょう。

デジタルであれフィルムであれ、カメラという道具がない限り、撮影という行為すらできないという現実に対して、「何を撮るか、何を撮りたいか」という命題がハッキリしている人は、恐らく使い捨てカメラででも撮るんだと思います。しかし、使い捨てカメラも携帯電話についているカメラも一度すら使ったことがない私の場合、この命題自体が自身の快感を伴っていなければなりません。だから「何を使って撮るか」が大事なのです。
e0101258_16451481.jpg
E-3/ ZD11-22mm 1:2.8-3.5
F: 22mm 絞り優先AE: 開放 -0.7EV

デジタル時代になった現在、かつての見る影もないOLYMPUSのカメラを使い続けるのは、それでもOMをこしらえたメーカーの製品だということにほかなりませんが、最早、OMにお世話になったことへの恩返しの気持の方が強いように感じているくらいです。つまり、そんなこんなの「思い込み」から抜けられないのですね。

ふと、同じく愛するビールのことを想います。
こちらはこうでなければならない、という制限はより小さなものですが、それでも、「暑い!ビールを飲もう!」という時に、ASAHIのSuperDryや発泡酒、はたまた“その他雑酒”なんて飲み物しかなければ、私は断固飲まないことを選びます。また、缶ビールをグラスにに注がずに飲むなどということもまずしません。
偏に“快感”を“間に合せ”で済ますことなく満喫したいからです。
そのためには、家には綺麗に洗浄されたグラスを常備しています。そして、一日中ほとんど水気を取らず、15時以降は一切飲み食いを断つ辛抱も厭わない・・否、それを習慣としているのです。
e0101258_16452588.jpg
E-3/ ZD11-22mm 1:2.8-3.5
F: 14mm 絞り優先AE: f3.5 -0.7EV
Commented by kusamao at 2009-08-22 16:56 x
なるほど。僕の8/20のエントリの返歌のような...なかなか切り返しのできないお言葉です。。
僕もE-3くらいであれば、さほどイメージとのギャップを感じずに済むのでしょうか。使ってみなければ解りませんね...
 
弘法だったのですね。間違って記憶していたので修正しました。恥ずかしい限りです。
Commented by yy2828yy at 2009-08-23 10:25
kusamaoさん、
件のエントリーについては、もちろん、じっくり拝読しました。
返歌になっていればいいのですが・・

フィルムとデジタルとの相違に関しては、私も違和感を感じないでもありませんが、
そもそもここにアップすることがフィルムでなくなっていますね。
私がなるべくポジフィルムに拘る所以です。

最後近くの「マジメの話」あたりが特に琴線に触れました。
斜に構える家系というのにも、なんだか同感を禁じ得ず・・
Commented by arata at 2009-08-26 14:12 x
ごぶさたしております。
いろいろな考え方があり、おっしゃること納得出来ます。
最後のビールに対する心構えも流石としか言いようがありませんっ!
Commented by yy2828yy at 2009-08-26 19:50
arataさん、
カメラもビールも、所詮なくても生き死にに直接関係ないもの。
でも、だからこそ、私は安全なところで云々したくありません。
生命に関わりませんが、だからこそ、人が人であることを示すものだと思っていますので。
by yy2828yy | 2009-08-21 16:56 | "Pond of Sighs" | Comments(4)