久々に‥
長らくカメラというモノをリードしてきたはずの日本から初めて「ちゃんとしたデジタルのカメラ」が登場した‥
‥FUJIの<X-PRO1>の噂、及び画像を眼にして感じ入ったことです。
撮像素子や細かなスペックのことなどは、最早大同小異といってしまえると私は思っていますが、同時に発表された交換レンズの在り方に拍手喝采を惜しみません。
換算50mm相当の標準、同じく28mm相当の広角と85mm相当の中望遠マクロを、それぞれ明るく常識的な大きさの単焦点レンズで揃えてくるようです。
これらのいわゆる常用域のレンズ3本があれば他は特に必要がない、と常々主張している私としては、まさに理想のシステムを見る想いです。

OM-1/ Zuiko85mm 1:2.0
開放 1/30 Kodak ProFoto XL100
「何故、FUJIがこれをやってのけたのか」は、今や三流メーカーのOLYMPUSとの見識の差、といってしまえばそれまでですが、大きな理由はこのカメラがレンジファインダー機だというところにもあるのでしょう。
レンズ交換式のレンジファインダー機は「標準」がなければ視野の規定ができないからです。
(ほんとうはあってはいけないことですが)APSなのに35mm判の50mm標準レンズをそのまま「標準」に流用し、なし崩す‥といった一眼レフでの誤魔化しが利きにくいわけです。
先に「3本で充分」といったのは、逆にいえば「今後この3本以外のレンズで考えられるモノは(一眼レフほどには)ない」ともなりましょう。
これを聞けば「なぁんや」と想う人も少なくないかもしれません。
でも、今日の一眼レフ、はたまたレンズ交換式EVFカメラの世界において、ユーザーが積極的に2本以上のレンズを選べる環境がどれほどにあるか?‥分る人には分るはずです。
歴史は繰り返す‥といいましょうか、まさにレンジファインダー機の復権だと、胸のすくような気持になった次第です。
そして、長らく続いた一眼レフ万能主義に対して、根本の問いかけをするのは、光学ファインダーがないようなインチキカメラではダメだ、という証でもあろうかと。
EVFだけなら、マネシタでも南朝鮮の電器屋でもできます。
優れたFUJINONレンズを有し、長らく写真に関わってきたFUJIだからこそ、まさに意義ある問いかけをしているように衝撃を受けた次第です。
OM-1/ Zuiko85mm 1:2.0
開放 1/30 Kodak ProFoto XL100
ただ、いくら素晴らしいと感じても、これにすぐ飛び付く気持はもうありません。
このカメラを所持することでFUJIをサポートすれば、今後のフィルムが保証されるというような具体的なカタチが見えたら‥と想わなくもないですが、これは道具に対する姿勢、持ち物への愛といったこととはまた別の話です。
かなりの思い切った価格設定がなされるという噂によっても、ボディと標準レンズのセットでの価格を見れば、私は迷わず<Leica M4-P>に走りたくなります。
もちろん、較べるものでないのは百も承知。
それでも、デジタルの根本の一つが「実体を所有をしない」にある限り、この根本が道具にも根付くことからは逃れ得ない‥かくなる当然を思い知った果ての結論です。
「これからはデジタルでも、所有して満足できるカメラも求められる」なんて文句を耳にするようになって相応の年月が経っていますが、だからといって3年でクズにする現状はしっかりとあり、この<X-PRO1>にしてもその範疇から外れるものではありません。
ま、タダとはいいませんから「正規カメラ店での中古<OM-1>程度の値段で‥」なんて話なら喜んでお受けするというのが正直な気持ですね。
裏返していえば、2007年以降に大きな興味を持った唯一のデジタルカメラ、ということになるんですが‥。
OM-1/ Zuiko85mm 1:2.0
f4 1/60 Kodak ProFoto XL100
‥FUJIの<X-PRO1>の噂、及び画像を眼にして感じ入ったことです。
撮像素子や細かなスペックのことなどは、最早大同小異といってしまえると私は思っていますが、同時に発表された交換レンズの在り方に拍手喝采を惜しみません。
換算50mm相当の標準、同じく28mm相当の広角と85mm相当の中望遠マクロを、それぞれ明るく常識的な大きさの単焦点レンズで揃えてくるようです。
これらのいわゆる常用域のレンズ3本があれば他は特に必要がない、と常々主張している私としては、まさに理想のシステムを見る想いです。

開放 1/30 Kodak ProFoto XL100
「何故、FUJIがこれをやってのけたのか」は、今や三流メーカーのOLYMPUSとの見識の差、といってしまえばそれまでですが、大きな理由はこのカメラがレンジファインダー機だというところにもあるのでしょう。
レンズ交換式のレンジファインダー機は「標準」がなければ視野の規定ができないからです。
(ほんとうはあってはいけないことですが)APSなのに35mm判の50mm標準レンズをそのまま「標準」に流用し、なし崩す‥といった一眼レフでの誤魔化しが利きにくいわけです。
先に「3本で充分」といったのは、逆にいえば「今後この3本以外のレンズで考えられるモノは(一眼レフほどには)ない」ともなりましょう。
これを聞けば「なぁんや」と想う人も少なくないかもしれません。
でも、今日の一眼レフ、はたまたレンズ交換式EVFカメラの世界において、ユーザーが積極的に2本以上のレンズを選べる環境がどれほどにあるか?‥分る人には分るはずです。
歴史は繰り返す‥といいましょうか、まさにレンジファインダー機の復権だと、胸のすくような気持になった次第です。
そして、長らく続いた一眼レフ万能主義に対して、根本の問いかけをするのは、光学ファインダーがないようなインチキカメラではダメだ、という証でもあろうかと。
EVFだけなら、マネシタでも南朝鮮の電器屋でもできます。
優れたFUJINONレンズを有し、長らく写真に関わってきたFUJIだからこそ、まさに意義ある問いかけをしているように衝撃を受けた次第です。

開放 1/30 Kodak ProFoto XL100
ただ、いくら素晴らしいと感じても、これにすぐ飛び付く気持はもうありません。
このカメラを所持することでFUJIをサポートすれば、今後のフィルムが保証されるというような具体的なカタチが見えたら‥と想わなくもないですが、これは道具に対する姿勢、持ち物への愛といったこととはまた別の話です。
かなりの思い切った価格設定がなされるという噂によっても、ボディと標準レンズのセットでの価格を見れば、私は迷わず<Leica M4-P>に走りたくなります。
もちろん、較べるものでないのは百も承知。
それでも、デジタルの根本の一つが「実体を所有をしない」にある限り、この根本が道具にも根付くことからは逃れ得ない‥かくなる当然を思い知った果ての結論です。
「これからはデジタルでも、所有して満足できるカメラも求められる」なんて文句を耳にするようになって相応の年月が経っていますが、だからといって3年でクズにする現状はしっかりとあり、この<X-PRO1>にしてもその範疇から外れるものではありません。
ま、タダとはいいませんから「正規カメラ店での中古<OM-1>程度の値段で‥」なんて話なら喜んでお受けするというのが正直な気持ですね。
裏返していえば、2007年以降に大きな興味を持った唯一のデジタルカメラ、ということになるんですが‥。

f4 1/60 Kodak ProFoto XL100













